中国におけるGenerative AI規制の現状
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AIイラストに関連する著作権についての連載コラム4記事目です。
コラムを書いてくださるのは、著作権と契約に関する法務サービスを提供する「メル行政書士事務所」代表の佐藤洸一さんです。
第1回:【コラム】機械学習と原作者の著作権について
第2回:【コラム】著作隣接権とは
第3回:【コラム】著作権とは・著作権の概要
メル行政書士事務所
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はじめに
中国のAI市場の拡大と法基盤の整備
技術革新と普及が急速に進むGenerative AIの領域において、中国は重要な位置を占めていると言えます。一つには、特に2021年までの過去20年間における38万件を超えるAI関連技術の特許申請*をはじめとして、中国がAI市場に対する投資の急速な拡大により存在感を強めてきており、今後数年間で米国に次ぐキープレイヤーとなりつつあることが背景にありますが、もう一つの要因として、中国がAIの商業的使用に関する政府規制について、民間の自主規制等に委ねる米国等とは対照的に、立法による包括的な基盤整備を進めているということが挙げられます。
諸外国のAI規制の現状
EUにおける2022年7月のDSA(デジタルサービス法)の欧州議会での正式採択をはじめ、英国等においても2023年3月15日にGenerative AIと知的財産権の権利者との間の円滑な権利処理を促進する法規制を整備することを勧告する報告書(” Pro-innovation Regulation of Technologies Review: Digital Technologies”)**を公表する等、各国においてAI関連の立法作業が進展していますが、これらはいずれもAI市場のプレイヤーの属性や分野毎のパッチワーク状の規制となっており、中国を例外として、Generative AIを対象とする包括的な法制度については、日本の他、欧米諸国においても、形成途中の状況にあると思われます。
本稿の目的
こうした政府規制の強化は日進月歩するAI倫理の形成に寄与することが期待されている一方で、chat-GPTへの中国国内からのアクセス制限等、国際的な経済活動にも大きな影響を与えており、本稿ではこうした中国における政府規制の現状について概観します。
*” China Leads the World in AI Related Patent Filing”. WIPO. 2021/7/21. https://www.wipo.int/about-wipo/en/offices/china/news/2021/news_0037.html. (2023/4/1)
** Sir Patrick Vallance. “Pro-innovation Regulation of Technologies Review: Digital Technologies”, GOV.UK. 2023/3/15. https://www.gov.uk/government/publications/pro-innovation-regulation-of-technologies-review-digital-technologies. (2023/4/1)
AI倫理規範
2021年9月26日、中国の科学技術省の「新世代人工知能のガバナンスに関する国家専門委員会」は、「新世代人工知能倫理規範」と題するAIの管理、研究、供給及び利用に関する倫理規範を策定*しました。
「新世代人工知能の倫理規範」の概要
当規範は、6つの基本原則により構成され、それは
- 人間福祉の促進
- 公正と正義の実現
- プライバシーとセキュリティの確保
- 人間の完全な自律性(AIの制御性・信頼性)の確保
- 責任の明確化
- AI倫理に関するリテラシーの普及からなります。
全体として、AIに関する研究開発と利用の普及による社会経済の発展を奨励しつつ、一方でAIの普及による社会的な格差や差別の拡大、AIの利用により人間の意思決定権が失われること、AIの利用による責任の不明確化等に対して、明確なガバナンスの確保を求める内容となっています。
*” 新一代人工智能伦理规范”. 中華人民共和国中央人民政府. 2029/9/26
ディープフェイクに関する規制
ディープフェイク・深層合成とは
ディープフェイクとは、深層学習等の機械学習を用いて、著名人の肖像やニュース映像等について、実写と誤認するような映像や画像を合成乃至は生成することができる技術のことを指します。このディープフェイクの利用に関して、中国国家インターネット情報局(CAC)は、2022年11月25日に「インターネット情報サービス深層合成管理規定」を策定し、2023年1月10日から施行*しました。
CAC「インターネット情報サービス深層合成管理規」の概要
当規定は、第6条において「深層合成サービス提供者および利用者は、深層合成サービスを利用して、虚偽のニュース情報を作成、複製、公表または流布してはならない」と定める他、ディープフェイクにより生成又は合成された情報を提供する場合においては、利用に関するログ情報を保管するとともに、ディープフェイクによるコンテンツについてwatermarkを付す等の識別措置を行い、「公衆の混同や誤認を招くおそれのある」一定のコンテンツ等については、コンテンツ上に目立つように識別記号を表示するよう規制しています。また中国におけるディープフェイク規制の特色として、当規定9条に基づいて、深層合成サービスの提供事業者は、利用者の身元情報を確認するよう義務付けられており、実在する身元の確認できない利用者に対してはサービスの提供が禁止されています。
ディープフェイクに関する諸外国の動向
なおこうしたディープフェイク関連の規制については、イギリスにおいてもヌード等の特定の機微表現に関して、中国において当規定が策定されたのと同日2022年11月25日に司法省が規制を強化する旨を表明**しており、今後国際的に規制が強化される動向にあります。
*” 互联网信息服务深度合成管理规定”. 中華人民共和国中央人民政府. 2022/11/25.
**” New laws to better protect victims from abuse of intimate images.”. GOV.UK. 2022/11/25. https://www.gov.uk/government/news/new-laws-to-better-protect-victims-from-abuse-of-intimate-images. (2023/4/1)
リコメンデーションアルゴリズムに関する規制
リコメンデーションアルゴリズムとは
リコメンデーションアルゴリズムとは、インターネット上での検索サービスやプラットフォームサービスを提供する事業者が、これらのサービスでのコンテンツの表示順位等を決定する他、ECサイトでの過去の購買履歴に基づくリコメンデーション等を決定するために使用するアルゴリズムを指します。このリコメンデーションアルゴリズムに関してCACは、2021年12月31日に「インターネット情報サービスのリコメンデーションアルゴリズムの運営に関する規則」を策定し、2023年3月1日から施行*されています。
CAC「インターネット情報サービスのリコメンデーションアルゴリズムの運営に関する規則」の概要
当規定は、第16条において表示にアルゴリズムが使用されている旨を利用者に表示することを義務付けるとともに、第17条において、利用者はアルゴリズムを利用しない選択ができるようにした上、「ユーザーがリコメンデーションアルゴリズムを停止することを選択した場合、リコメンデーションアルゴリズムサービスの提供者は、ただちに関連サービスの提供を停止しなければならない」としてオプトアウトの提供を義務付けています。また未成年者や高齢者等に対する配慮措置を講ずるよう事業者に求めるとともに、第21条において「消費者の嗜好、取引習慣その他の特性に基づいて取引価格その他の取引条件に不当に差を設ける等の違法行為を実施してはならない」として、リコメンデーションアルゴリズムを利用して商品の価格等に個人差を設けることを禁止しています。
リコメンデーションアルゴリズムに関する諸外国の動向
なおこうしたリコメンデーションアルゴリズム関連の規制についても、EUにおけるDSAにおいて類似の規制が課されている他、これを先例として日本においても2022年6月3日に「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」(令和二年法律第三十八号)が公布され、施行後は、国内流通総額が一定額(2000億円)を超え、経済産業大臣により指定された特定の事業者については、報告書の提出・公表義務等が課せられることとなっています。
*” 互联网信息服务算法推荐管理规定”. 中華人民共和国中央人民政府. 2021/12/31
総括
中国におけるAI規制の動向
上記の通り、中国においては、各種のAI規制の施策がCACを中心に推進されており、そこにはインターネット検閲の強化と関連する中国当局による政策的手段としての側面と、諸外国に先駆けてAIの利用の促進に関するインフラの整備と倫理の形成を目指そうとする側面の両方があるように思われます。
今後の影響
AIとりわけGenerative AIの利用に関しては、中国の他、EU及び英国においても積極的に政治問題化されており、こうした潮流は、EUの規制に対して事業活動を適合させる必要や、日本国内における議論を通して、日本におけるAIの利用に関しても将来的に影響を与えていくものと思われます。その場合にはこうした先駆的事例が前例として参照されることでしょうから、現下の国際的な規制の状況をあらかじめ認識しておくことが重要となっていくことでしょう。
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